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2012年3月

2012年3月11日 (日)

田坂広志・多摩大学大学院教授=菅内閣時の内閣官房参与の記者クラブでの講演内容のメモ起こし(ジャーナリスト梁取洋夫氏による)

田坂広志・前内閣官房参与の日本記者クラブにおける講演内容(10.14)=メモ起こし=あくまで参考

作成: 梁取 洋夫 日時: 2011年10月24日 15:50 •

冒頭コメント
=もとより田坂氏は「原発推進」の側に身を置いてきた人物であり、そこにはおのずから限界があります。だが、その優れた経験、識見に裏打ちされた体系的な論理立て、基礎的説明、何より事故を防げなかった「不明を恥じ」ての真摯な自己批判に基づいた「改革」の新提案および勇気ある財界等への「直言」は傾聴に値し、むしろ尊敬の念さえ覚えます。
菅首相が「脱原発」による政権延命?を志向しながら果たせなかったものの、その背景には、恐らくは不破哲三氏ら「対極」側の専門家の意見をも参考に熟慮を重ねてきた、このような人物の「提言」があったのでは――と強く推量されます。ともあれ必見の講演内容。時間の許す人は、是非Youtube映像=片山正彦氏等のシェア=でどうそ!(梁取)


田坂広志=前内閣官房参与・多摩大学大学院教授  
2011年10月14日 日本記者クラブ講演〜シリーズ企画「3.11大震災」


<福島原発事故が開いた“パンドラの箱”――野田政権が答えるべき「国民の7つの疑問」>

現在の最大のリスクは何か?――根拠のない楽観論
福島原発事故は、冷温停止「前倒し」で一段落ではない――全体の問題の入り口に過ぎない。
汚染水処理装置の稼働と処理の進捗――一つの問題を別の問題に移しているだけ=一方で発生する大量の高濃度放射性廃棄物。放射線=煮ても焼いても減ることは無い。
「事故は終息に向かっており、原発の安全性を高め、速やかに再稼働を」との政界、官界、財界の「楽観的空気」――問題の真の解決を妨げる。

問題の「真の解決」とは、「原子力行政の徹底的な改革」=野田政権への期待――なぜあえて、こんな危機感を語るのか=3月から9月までの最も緊迫した時期に、内閣官房参与として、

①原発事故への対策
②原子力行政の改革
③原子力政策の転換

――に取り組んできた。それぞれ「事故の現実」「行政の問題」「政策の矛盾」に直面した。

原子力行政の徹底的な改革を提言する理由――(不明を恥じるが)携わってきた一人としての「責任」。
1974年東大工学部原子力工学科卒、同年から医学部研究生(放射線健康管理学)、81年同大学大学院終了(工学博士)。学位論文「放射性廃棄物の最終処分と環境影響」の研究ーー「核のゴミ」の研究だが、原子力エネルギーを利用する際の「最後のネック」。

「トイレ無きマンション」――「絶対に安全な原発」が仮に開発されても、放射性廃棄物の安全な最終処分方法が完成されなければ、問題は解決しない。

放射性廃棄物問題の本質は何か――とくに高レベル廃棄物の最終処分問題。
映画「10万年の安全」=フィンランドにおける最終処分場(オンカロ=隠し場所)――10万年では(新人類の登場も?)立証困難と言え、結局は社会的受容が「否か応か」、という問題に帰結するのではないか。

従って、政府に求められるのは「信頼」そのもの。これなくしてはすべてを失う。
しかし、起こしてしまったのが福島原発事故――国民からの信頼回復が、政府の原子力政策の最大の課題。
「原発推進」でも、「脱原発」政府であっても、共通に問われる根本的な問題=たとえば廃炉の問題にせよ、何十年も続く。国民の信頼なくしては立ち行かない
                    ◇
では、どうすれば「国民からの信頼」を回復できるのか?――政府が答えるべき「国民の7つの疑問」

福島原発事故がこじ開けた「パンドラの箱」

<第1の疑問> 原子力発電所の安全性への疑問

政府「世界で最高度の安全性を実現する」と言うが、「最高度の安全性」とは何か――原発の安全性とは、技術的安全性だけではない。加えて「人的、組織的、制度的、文化的な安全性」のこと。過去の事故はすべてこの要因で起こっている。(1999年のJCO事故の例)

原子力安全の専門家としての政府への提言
事故直後には、①SPEEDIの活用と予測シミュレーション、②全国からの設備を結集しての環境モニタリングの実施=うまく動かず――従来の人的、組織的、制度的、文化的問題あった。
その象徴的問題――推進側の経産省と規制側の安全保安院が同じ組織の中にある問題。事故以前に内外から指摘。「経済性への配慮」から「安全性への要求が甘くなったのでは」と言われて当然。
東京電力「10メートルの津波を想定」しながら対策を先送りさせた。

「最高度の安全性」を確保できる、新たな原子力行政への改革
財界を始めとする原発再稼働を要める声――その「経済優先の発想」こそが、今回の福島原発事故を引き起こした原因ではないのか?

理解すべきは、事故がどこまで深刻な事態に至っていたのか。

――「首都圏3000万人の避難」=3月末においても「現実的な可能性だった」(前首相も手記に)


今、我々に問われているもの――「国民の生命と安全の問題」

だという覚悟を政、官、財界の人々には理解して欲しい。

なぜ、浜岡原発の停止要請をせざるを得なかったか

――関西、中部、首都圏への影響計り知れない。
日本の機能停止に。玄海原発ーー安全保安院と地元自治体の受け入れ=従来の手法。
事故後、これで国民の理解得られるのか?
原発再稼働の了解は「地元」だけで良いのか?

原子力災害、一たび起こればその被害は「日本全体」に及ぶ――事故で改めて明白に。

「暫定的な解決策」――①ストレステストの導入②原子力安全庁の設置。

皮肉にも再稼働延期後に起こったのが、やらせメール問題=文化的要因。

根本的な解決策はーー原子力行政の徹底的な改革=米国NRC4000名の態勢、実働部隊、明確な「規制」の文化を。

<第2の疑問> 使用済み燃料の長期保管への疑問

原発の安全性は「原子炉の安全性」のことか?――原子力発電所=原子炉+使用済み燃料プール

最悪事態の時、最も危険なものは何か――使用済み燃料プールの危険性

=福島原発4号炉(運転されていなかったが最も危険)

――冷却機能喪失と燃料メルトダウン=首都圏3000万人避難の最悪シナリオに。
かろうじて免れたが、3月末から4月初め、苦悩の日々(通称「キリン」での放水続行)

使用済み燃料プール=ある条件では「むき出しの炉心」となる危険性
(原子炉には格納容器があるが、プールにはない)。

福島原発、現時点での最大のリスクは何か?

再度、同規模の地震と津波が来ることを恐れるーー4号炉の耐震強化措置はしていると思うが、持ちこたえ得るか。「のど元過ぎれば熱さ忘れる」の例えあり。

全国の原発サイトにある使用済み燃料プールの安全性の問題ーーますます問題に。

今後特に問題となること――テロ対策、日本の最も脆弱な問題(福島事故後、海外ではテロ対策に力点)。

次に何が=全国の原発の使用済み燃料プールが、近い将来、満杯になる問題(現在66%。10年で70%超える。福島は80%超えていた)。これをどうするのか…。事故が無くとも、全国の原発が停止せざるを得ない。

使用済み燃料を最終的にどこへ持っていくのか?

青森・六ケ所村の最終処理工場で再処理し、高レベル廃棄物として地層処分というシナリオ――その現実性?


<第3の疑問> 放射性廃棄物の「最終処分」への疑問

汚染水が浄化されればされるほど、膨大な高濃度放射性廃棄物が発生――どのように最終処分するのか? いわんやどこに、見つかるのか。

「中間貯蔵」というモラトリアム。
世界中で悩む「NIMBY」(ノット・イン・マイ・バックヤード=うちの裏庭にだけは捨てないで)症候群

低レベル放射性廃棄物でも拒否する社会心理――福島での除染作業=東京ドーム23杯分の汚染土壌をどこに持っていくのか?

高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)の最終処分の問題――3.11以前は「将来の問題」だったが、事故後は「現実の問題」に。


重大

=炉心溶融(メルト・ダウン)を起こした3基の原子炉そのものが高レベル放射性廃棄物

=ウランやプルトニウムという核燃料と、核分裂生成物(セシウム、ストロンチウム等の「死の灰」)が混在した、極めて危険な高レベル放射性廃棄物が存在する。

これら3基の「廃炉」をどうするのか
――健全に通常運転されていたものの廃炉とは全く違う、事故を起こした福島原発の「廃炉」。
しかも通常の廃炉でも30年以上かかるし、比較的軽微だったTMI(スリー・マイル島)(1979事故発生)でも廃炉は終わっていない。

3基の原子炉内の

①状況確認のための技術、
②溶融燃料の回収技術、
③回収廃棄物の処理技術

――などを「ゼロから」研究開発、技術開発しなければならない――それをどのように進めるか。
総力を結集出来る体制を。


<第4の疑問> 環境中放射能の長期的影響への疑問

①土壌汚染
②河川・湖沼汚染
③地下水汚染
④海洋汚染
⑤生態系汚染

除染について理解しておくべきこと。

(1)放射能が無くなることではない=「生活圏」の除染は可能。

しかし「生態系」の除染は不可能――土壌濃縮、生物濃縮、食物連鎖濃縮が起こる。

それが食物であった場合には流通を通じての汚染の拡散が起こり得る。

食物は出口調査以外に決め手がない。

しかもストロンチウムのような分析が困難な核種も。


(2)放射能の影響は、長期的かつ確率的である

――健康への影響=分かれる医学的知見。ただ、結論を得るのが20年先では遅すぎる。
映画「チェルノブイリ・ハート」=心臓疾患の子供たち続出。 
リスク・マネジメントの原則=もっとも厳しい仮定、最悪を考えて対策を打つ、「空振りの無駄」はコスト。

「医者の見解が分かれるから、このあたりでいいか」では済まない。

(3)放射能の影響は社会心理的要素が極めて大きい

――長期にわたって健康不安を抱える住民への医学的支援と心理的支援

=「子供を持つ母親の心理」を理解する


地下水汚染と海洋汚染

<第5の疑問> 社会真理的な影響への疑問

――これこそが膨大なコスト。
風評被害とその対策の多くが、「社会的費用」になり国民負担になる。

「安全」「安心」よりも大切なものは「信頼」



<第6の疑問> 核燃料サイクルの実現性への疑問

――再処理工場、高速増殖炉は「ミラージュ(蜃気楼)計画」との揶揄。



<第7の疑問> 原子力発電の安価性への疑問

――増大する発電コスト、核燃料サイクル、廃棄物処理、社会的各コストに加え、社会心理コストの圧倒的増大。

自らもかかわってきた一人として、これらの国民の疑問に、政府が真摯に答えることから、すべてが始まるのだろう――そう考えている。

依らしむべし、知らしむべからず――という政府の姿勢の限界。国民の賢明な判断を信頼すること、国民の叡智を信頼すること、そこからこの国の「真の改革」が始まる。                                                              (終)

2012年3月 9日 (金)

日光への修学旅行問題(神奈川新聞より)

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