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2016年1月 6日 (水)

『原発事故避難の現実と終わりのない避難生活』ーシバタアキノリさんを迎えてー

昨秋、帰還困難区域である浪江町津島地区の住民だった シバタアキノリさん に現地を案内してもらいました。

11月の私たちの報告会では、原発Image1 事故によって、自宅を

追われ、仕事を失い、人生を変えられてしまった方々の存

在を忘れそうなっている自分や世間を再認識しました。
1月23日. そのシバタさんをお招きして、お話を直接伺い、私たちで

語り合う会を開くことになりました。

避難させられ、そのまま5年近くの時間が過ぎたにも関わ

らず、何も解決策が出されていません。現代の日本でこん

なふうに国に扱われて、納得できるわけがない。

震災から丸5年を迎える今、被災地への関心も薄れてしま

っています。
そんな今だからこそ、あの時に何が起こっていたのか?
今日までどんな悲劇が繰り広げられたのか?
現地の今はどうなっているのか?
そこで暮らしている人たちは、何を考えているのか?


想像しようとしても想像しきれない現実を、その現実に直面している方の生の声を知ってください。
ぜひ話を聞きに来て、質問してください。


関心を持ってほしい! 同じ今を生きる日本の話です。

日時 : 1月23日(土) 13:30 開場 14:00 スタート
場所 : 東林公民館(相模原市南区相南1-10-10

    (小田急江ノ島線 東林間駅より 徒歩10分)
参加費 : 500円(資料代)

★シバタさんは、翌日の24日は 川崎市でもお話会をされます。



<シバタアキノリさんプロフィール>

1966年生まれ

福島県双葉郡浪江町赤宇木生まれ

昭和60年9月に結婚

5人の子供に恵まれて幸せな生活をしていました。

祖父が昭和39年に飯舘村から浪江町に開拓者として移住

して山を買い、手で木を切り根っこを起こして耕して作っ

た土地です。

家もみんなで建てて住んでいました。

その後に父が継いで私が三代目を継いで古くなった家でし

たので昭和63年に家を新築して住んでいました。
広い土地に山も有り水も自分の土地に井戸を掘り美味しい

水を飲んで生活していました。



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